井嶋ナギの日本文化ノート

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早稲田大学オープンカレッジ講座「名作映画に描かれた日本の美と享楽の世界」レポートです。 〜任侠映画講座、開催しました!

昨年は、春・夏・秋と、早稲田大学エクステンションセンターにて連続で講座をおこなった一年でした。今年も、春・秋に講座を行う予定です! …というわけで、新年早々、去年を振り返りつつ今年を見据えるという意味で、昨年の講座のレポートを書きたいと思います。

昨年行った講座は、以下の3つの企画です。

歌舞伎で読み解く着物ファッション
 〜花魁、芸者から御殿女中、町娘に悪婆まで


江戸のラブストーリー「人情本」に見る江戸娘の着物ファッション
 〜『春色梅児誉美』を読んでみませんか?


名作映画に描かれた日本の美と享楽の世界
 〜歌舞伎、浮世絵から、任俠、花柳界、戦前モダン文化まで


というわけで、今回は、昨年秋におこなった「名作映画に描かれた日本の美と享楽の世界」について、レポートします!



学校では教えてくれない日本文化を、日本映画で学ぶ!


今回の講座は、キモノの講座ではありません。ひとことで言えば、「日本映画で、日本文化を学ぼう!」という内容。しかも、「任侠」「吉原」「花柳界」など、映画や芝居や小説などでは「おなじみ」の世界なのに、学校や親には決して教えてもらえない日本文化、というのがテーマ(笑)。

この講座を企画した理由については、以前の記事で詳しく書きましたが(→コチラ)、実は、私たち現代人にとっては「なじみがない」「知識がない」にも関わらず、古い映画や芝居には、やたらとよく出てくる背景世界・背景文化がある、と思ったからです。

それが、「任侠世界」「花柳界」「吉原」「浮世絵」「歌舞伎」「モダン文化」の世界。

これらの特殊(?)な世界を取り上げて、その歴史、背景、ルール、などを細かく見ていくことで、古い日本映画やお芝居、歌舞伎、小説、をより深く楽しめるようにと思い、企画いたしました。

実は、私自身が、古い日本映画にハマり始めた高校生時代、その映画の舞台になっている世界・文化の知識がなさすぎて、もどかしい、歯がゆい、ジリジリした思いで映画を見ていたんです。当時は、調べようにも今ほどイロイロな文献も無く、もちろんネットも無く、すべてが「未知との遭遇」だったため、いつも夢に浮かされたような日々でしたね…(「情報が無い」という状態は、ハングリーな「飢え」からの情熱が生まれやすいという意味で、良いことでもあったのかもしれませんが)。

というわけで、今回の講座は、以下の5つの世界を設定して、解説しました。以下画像は、それぞれの回で使用したスライドの表紙です。(※ この記事の最後に、表紙で使用した映画作品のリストを載せておきました)


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念願かなって、任侠映画講座、開催!


で。今回の講座で、イチバンの目玉であり(と、私が勝手に思っていただけですが笑)、かつ、受講してくださった方のアンケートでも評判がよかったのは、「任侠世界 〜侠客、博徒、そして女侠客」の回です!!!! 折しも、山口組分裂事件が起こった時期で、やくざ屋さんに一気に注目が集まった時でしたから、「何とタイムリーなんだ!」と勝手にひとりで大盛り上がり、しばらく自宅では東映チャンネル付けっぱなし「東映・やくざ映画まつり」でしたが…(笑)。

とにかく、学生時代から何故か大好きだった、東映やくざ任侠映画。今から思えば、当時の私にとって東映任侠映画は、わかりやすい歌舞伎だったのかもしれない、と思うのです。様式美、残酷美、嗜虐美義理と人情懐古趣味と江戸趣味。そんな歌舞伎的な要素が、現代人にもわかりやすい形で、ギュッと詰まっているのが、東映任侠映画。だから、「えー、やくざ映画なんて」という偏見を持っていたとしたら、本当にもったいないなーと。特に、歌舞伎好きの人なら、必ず任侠映画も面白いに違いない。そんな思いをずっと持っていたので、念願叶っての、やくざ映画講座でした。


やくざ映画講座の回では、以下の3本立でお話しいたしました。

1. 東映任侠映画の歴史(1962〜1973年)
2. やくざ者の歴史(江戸〜近代)
3. 任侠文化と博奕(バクチ)(特に、手本引きについて)



東映任侠映画の華、博奕(バクチ)シーン!


今回のこの任侠映画講座のなかでも、かなり力を入れたのは、博奕(バクチ)シーンの解説、でした(笑)。でも…バクチって…違法ですから…あまり大っぴらに「バクチのやり方を解説しまーす!」っていうようなものではないですよね…。でも、東映任侠映画を見るに際して、博奕のちょっとした基本を知っているだけでも、面白さがグンと深まるんですよ! 

というのも、実は、東映任侠映画では、金筋のやくざ屋さんを撮影所につれて来て、博徒のしきたりや博奕シーンの考証指導をキッチリやってもらったそうで、他の映画会社のなんちゃって博奕シーンとは大違いなんですよ。


実際、そのスジの方の名前もちゃんとクレジットされてます。

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緋牡丹博徒 花札勝負』(1969年 加藤泰監督)原案・石本久吉

彼は、当時、大坂の「小久一家」総長で、上方の任侠界の長老だった人。祖父が国定忠治の世話になっていたり、会津小鉄と親しかったりと、言わば「任侠界のエリート」といった人物です。また、手打式指導のクレジットも発見(注:手打ち式=組と組の抗争の後に、和解する儀式のこと)


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緋牡丹博徒 お竜参上』(1970年 加藤泰監督)手打式指導・石本久吉

その他、クレジットされていなくても、ホンモノのやくざ屋さんが撮影所で指導することもしばしばで、時には、博奕シーンにエキストラとして出演していたり、刺青大会シーンではホンモノの倶利迦羅紋紋がズラリとか、いろいろ、なんていうか、見ればわかりますが、迫力が、いろいろ、スゴイです…。

そんな、本格的リアリズムに溢れた任侠映画作りを推し進めたのが、俊藤浩滋プロデューサー(ご存知、藤純子(現・富司純子)さんの実父であり、さらに言えば、映画『夜の蝶』のモデルになった有名クラブ「おそめ」マダムの愛人、のち夫)。戦前からその賭場に出入りし、そのスジの人と付き合いがあった俊藤プロデューサーの、「古き良き時代のホンモノの任侠界を描きたい」という情熱あってこそ、あの傑作映画群が生まれたと言っても過言ではない!ってくらい、スゴイ人。以下、俊藤氏の聞き書きより。

私は、脚本を書く小沢茂弘と村尾昭と一緒に、その方面の知り合いをはじめ、いろんな人のところへ取材に行った。(中略)いざ撮影となったときには、ホンモノの方に来ていただいて現場であれこれ意見を聞き、主人公が命を賭けて勝負する博奕場のシーンでは出演もしてもろうた。

    『任侠映画伝俊藤浩滋・山根貞男 講談社 より





博奕の花、「手本引き」とは?


日本の博奕にはさまざまな種類があり、時代や地域によっても相違がありますが、大きくわけると、「サイ(サイコロ)」と「フダ(札)」。江戸時代は、2個の「サイ」を使った「丁半」がほとんどでしたが(よくある、ツボにサイコロを入れて伏せて開けるアレです)、明治以降には、「フダ」を使った複雑な博奕が流行します。関東では、花札を使う「アトサキ(バッタマキ)」が主流に、関西では、花札ではなく独自のフダを使う「手本引き(てほんびき)」が主流に。


そう、この「手本引き(てほんびき)」こそが、「博奕の花」「究極のギャンブル」とも言われ、複雑かつ奥深い、究極の頭脳ゲームであり、博奕のなかで最も格が高いと言われているバクチ!(キモノと同じように、博奕にも「格」があるんですねぇ…) そして、東映任侠映画に欠かせないのが、この「手本引き」による本格的な博奕シーンなのです…! もちろん、我らが緋牡丹のお竜さんがイカサマを見破ったり、悪玉をコテンパンにやっつけたりする賭場シーンで行われているのも、実は、ほとんど「手本引き」なんですよ〜(たまに「アトサキ」もやってますが)。

実際の「手本引き」にはものすご〜く複雑なルールがあるんですが、一言で言ってしまうと、「胴(親)が選んだ数字を、客が当てる」というもの。特徴は、以下のような独自のフダを使用します(井嶋私物)。今回の講座にこのフダをお持ちしましたが、皆さんとても興味をもってくだり、写真を撮られている方もいらっしゃいました。

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上記が、胴(親)が使用する、「繰り札(くりふだ)」。左から、1〜6の数字が書かれています。


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上記が、張り子(客)が使用する、「張り札(はりふだ)」。左から、1〜6の数字が書かれています。

なんというか、デザインが素晴らしいので、お金を賭けなくても、ちょっと遊んでみたくなりますよね〜(笑)。

ゲームの流れをカンタンに説明しますと。まず、「胴」が客に見えないように「繰り札」を1枚選び、手ぬぐい(「紙下」)に包んで、手前に置きます。客は、胴が選んだ札の数字を推測して、手持ちの「張り札」を裏のまま置き、そこに現金を賭けます。「勝負!!」の掛け声で、「胴」が札をめくり、選んだ数字が明らかに…。当たった張り子は配当金をゲット、ハズレた張り子は賭金没収、という流れ。

こんな感じで、おこないます。↓

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日本侠客伝 昇り龍』(1970年 山下耕作監督)より

上部中央に座ってるのが、「」。その両隣にいるのが、「合力」(進行係、配当計算係、見張り役、などの役目)。そのほかは全員「張り子」(客)。

ちなみに、札や現金を張る、白い板場を、「盆(ぼん)」と言います。今でも、「ボンクラ」って言いますけど、実は、この博奕場の「盆」が語源。「合力」の役割を果たすのは組の中堅以上の者ですが、瞬時に客の配当金を計算したり、さまざまな判断をしなければならず、それができる頭の回転が早い者を「盆に明るい」と言い、それができないザンネンな者のことを「盆に暗い → ボンクラ」と言ったそうですよ〜。任侠映画講座、勉強ニナリマスネ(笑)!



というわけですが、任侠映画ネタ、書きたいことが多すぎて、長くなってしまったので、次回に続きます〜〜!

続きは、コチラへ。
「仁侠映画について、その2。『緋牡丹博徒』での華麗なる手本引き、もしくは、ややこしい任侠映画タイトルを整理する。」
「仁侠映画について、その3。 博奕と893の歴史について、もしくは修行を愛する日本人論。」






★以下は、記事の冒頭にアップした、スライドの表紙画像に使用した映画のリストです。

【歌舞伎】歌舞伎の影響、歌舞伎役者の活躍:
雪之丞変化』1963 大映 監督:市川崑 出演:長谷川一夫、山本富士子、若尾文子、市川雷蔵、2中村鴈治郎、8市川中車

【浮世絵 吉原】人気浮世絵師と吉原遊郭:
大江戸五人男』1951 松竹 監督:伊藤大輔 出演:阪東妻三郎、山田五十鈴、花柳小菊、市川右太衛門、高峰三枝子

【花柳界】芸者と遊女、その歴史と生活:
祇園の姉妹』1951 第一映画 監督:溝口健二 出演:山田五十鈴、梅村蓉子

【任侠世界】侠客、博徒、そして女侠客:
緋牡丹博徒 一宿一飯』1968 東映 監督:鈴木則文 出演:藤純子、鶴田浩二、西村晃、白木マリ、若山富三郎

【戦前モダン文化】昭和初期のモダンガールと銀座:
限りなき舗道』1934 松竹 監督:成瀬巳喜男 出演:忍節子、香取千代子、山内光、井上雪子





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早稲田大学オープンカレッジ講座「人情本に見る江戸娘の着物ファッション」レポートです。『春色辰巳園』を読んでみましょう!


昨年は、春・夏・秋と、早稲田大学エクステンションセンターにて連続で講座をおこなった一年でした。今年も、春・秋に講座を行う予定です! …というわけで、新年早々、去年を振り返りつつ今年を見据えるという意味で、昨年の講座のレポートを書きたいと思います。

昨年行った講座は、以下の3つの企画です。

歌舞伎で読み解く着物ファッション
 〜花魁、芸者から御殿女中、町娘に悪婆まで


江戸のラブストーリー「人情本」に見る江戸娘の着物ファッション
 〜『春色梅児誉美』を読んでみませんか?


名作映画に描かれた日本の美と享楽の世界
 〜歌舞伎、浮世絵から、任俠、花柳界、戦前モダン文化まで


というわけで、今回は、昨年夏におこなった「江戸のラブストーリー「人情本」に見る江戸娘の着物ファッション」について、レポートします!

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「人情本」ジャンルとは?


人情本(にんじょうぼん)」という江戸時代の小説ジャンルがあるのを、ご存知でしょうか? 江戸時代後期(天保以降)に流行したジャンルで、ひとことで言えば、当時の恋愛小説です。もちろん、それまでも男女の恋愛を描いた文芸作品はありました。が、あくまでも「クロウト女性(遊女とか花魁)と客」の関係だったり、あくまでも「男目線の(都合のいい)恋愛」だったり、でした。

ところが、「人情本」では、さまざまな職業の女性市井のシロウト娘までも登場させ、女性の切ない恋心や繊細な心の動きを(それなりに)細かく丁寧に描きました。また、当時の若い男女のリアルな会話をイキイキと描写。そうした点で、とても画期的な新しい文芸だったのです。

さらに言えば、「人情本」には、江戸で人気の音楽(清元などの浄瑠璃)や、イケてるお洒落(着物の描写が細かい!)、流行ってる言葉づかい、などの流行情報もふんだんに盛り込んだり、人気絵師による挿し絵(着物の柄などが細かい!)もとても華やかでオシャレで、いろいろな意味でヒット要素が盛りだくさんのジャンルだったのですね。


「人情本」の嚆矢、『春色梅児誉美』


そんな「人情本」の嚆矢と言える作品が、『春色梅児誉美(しゅんしょく うめごよみ)』です。作者は、為永春水(ためなが しゅんすい)。以下の画像は、実際の『春色梅児誉美』、江戸時代に刷られた和本です(井嶋私物です)。


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前回の記事でも、歌舞伎版『梅ごよみ』(玉三郎&勘三郎ver.)と絡めてご紹介したので、ぜひコチラのページ(「早稲田大学オープンカレッジ 講座「歌舞伎で読み解く着物ファッション」は、このような内容で行いました!」)も見ていただけると嬉しいのですが、基本的には、「イケメン男」と女子の痴話喧嘩とかイチャイチャとか、「イケメン男」をめぐる女子同士のいがみ合いとか、「イケメン男」のサイテーな優柔不断、が話のメインです(笑)。

どんなお話なのかわかりやすいように、講座では、以下のような人物相関図を作りました!


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どうでしょう? 面白そうですよね?! 

この、イケメン丹次郎(吉原の遊女屋「唐琴屋」の跡継ぎ=金持ちの息子だが、ゆえあって流浪の身)をめぐって、女たちが火花を散らしまくります! バチバチバチ!



『春色辰巳園』を読んでみましょう!


『春色梅児誉美』は大ヒットしたため、シリーズ化されて、全部で5作あります。第1作の『春色梅児誉美』ももちろん面白いのですが、実は、私は、その第2作目の『春色辰巳園(しゅんしょく たつみのその)』が最も好きでして…!

前回の記事(「早稲田大学オープンカレッジ 講座「歌舞伎で読み解く着物ファッション」は、このような内容で行いました!」)でもご紹介した、「深川芸者・米八が、イケメン丹次郎から『羽織』を奪い取って、泥の中に投げつけて、下駄で踏みまくる!」という面白エピソードも、『春色辰巳園』のいちエピソード。…というわけで、このエピソードの部分の原文を、講座でも読みました。今回のこの記事でも、その部分をチラッとご紹介しますね。


(それまでのあらすじ)

売れっ子深川芸者の、米八(よねはち)と仇吉(あだきち)は、イケメン丹次郎をめぐる、恋のライバル同士。ある時、仇吉が、イケメン丹次郎に、自分の紋を入れた『羽織(はおり)』を仕立ててプレゼントした。それを知った米八は、悋気と嫉妬とジェラシーに燃え上がり、丹次郎からその『羽織』をはぎ取って、地面の上の泥に投げつけ、さらには駒下駄で踏みまくった!


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丹次郎「コレ、この女ァ、気がちがったか!」
米八「サァ、羽織を泥だらけにしたがわるいかァ!」


そんな米八をなだめるため、イケメン丹次郎は米八とイチャイチャし始めます(いつもの常套手段です。サイテーです笑)。

そうした状況に気がついた仇吉、カッ!としてその場にイキナリ乱入! そのときの状況は、以下。


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仇吉「(モシ、米八)つぁん。今ちょっとうけたまわったが、わちきが紋の付いた羽織がお気にさわって、泥に踏み込んで、まだ飽きたらねぇで、だいぶ丹さん(丹次郎のこと)に洗いだてをしなさるが、どうでもつれてとやかくと揉めた挙句は、丹さんがいつもしみじみ離れがたない兼言の積もる仇吉丹次郎と、命をかけた二人が仲。お気の毒だが、米八つぁん。どうでお前は無い「縁」だと思い切って、丹さんはわちきにおくれな」

米八、せせら笑い、
米八「御念の入ったご挨拶だが、まァ、よしにしましょうよ。ひとの亭主を盗んでおいて、知れた時には貰おうとは、なるほど(お前はいいムシだ)」

(注:( )内は、上記の画像からはみ出てしまった文言です)


…といった調子で、「口」でのケンカが始まります。言い合いはさらに続き、最終的には「手」が出て、取っ組み合いのケンカになるのでした…。


その後も、米八と仇吉のいがみ合いは、折にふれて起こりまして。最終的には、米八が仇吉に「果し状」を提出! その結果、またもや激しいバトルが勃発! こんな感じ↓で、取っ組み合いのケンカを繰り広げる、売れっ子美人芸者ふたり(笑)。


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「恋風や 柳の眉を つの目だて」



『春色梅児誉美』を初めて読んだ頃の思い出


というわけで、まぁ、くだらない…と思いつつも、クスッと笑ったり、ちょっぴり同情したり、とても楽しい江戸ラブストーリーなんです。何よりも、「江戸時代後期の江戸の娘になったような気持ち」を味わえるのが、本当に楽しくて…! 大学生の時、この作品を読んで初めて、江戸時代がググーッと自分に近くなったのを、今でも忘れることができません。

そうそう、『春色梅児誉美』のトリコになった頃、私は神楽坂の料亭でバイトをしておりました。そうしょっちゅうお客様が来るわけでもなかったので、岩波の古典文学大系『春色梅児誉美』を持ち込んで、店番しながら読んでたんです。しかも、あまりに面白くて、客が来ても読むのをやめられず、もう一人のバイトの女の子に接客をまかせて、夢中でこれを読みまくり(ヒドイ)。しかも、その料亭の女将さんの息子さん(マスターと呼ばれていた)がやって来て、「あれ、君、なんで接客しないの?」と言ったのに対し、「あ、○○ちゃんが接客してますから〜♪」と平然と言い放ち、そのまま『春色梅児誉美』を読みまくっていた私。あまりに平然としていたせいか、女将さんの息子さんも無言で去っていきました…。我ながら、あの頃の自分がそら恐ろしいです…。あ、今はそんな世間知らずじゃないですよ…(たぶん…)。


なんてことはどうでもいいとして。そんなわけで、上記のような講座を行いました。もちろん、深川芸者の歴史や、芸者ファッションの変遷、なども解説しました。自分ではとても楽しかったので、またこの内容でやってみたいな〜と思ったりしております。この講座に参加くださった皆様、本当にありがとうございました!


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(注:上記で使用した画像は、すべて井嶋私物の和本です)





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早稲田大学オープンカレッジ 講座「歌舞伎で読み解く着物ファッション」レポート。このような内容で行いました!


昨年は、春・夏・秋と、早稲田大学エクステンションセンターにて連続で講座をおこなった一年でした。今年も、春・秋に講座を行う予定です! …というわけで、新年早々、去年を振り返りつつ今年を見据えるという意味で、昨年の講座のレポートを書きたいと思います。

昨年行った講座は、以下の3つの企画です。

歌舞伎で読み解く着物ファッション
 〜花魁、芸者から御殿女中、町娘に悪婆まで


江戸のラブストーリー「人情本」に見る江戸娘の着物ファッション
 〜『春色梅児誉美』を読んでみませんか?


名作映画に描かれた日本の美と享楽の世界
 〜歌舞伎、浮世絵から、任俠、花柳界、戦前モダン文化まで


というわけで、今回は、春に行った「歌舞伎で読み解く着物ファッション 〜花魁、芸者から御殿女中、町娘に悪婆まで」について、レポートします!



読み解くシリーズ 2014〜2015


2014年の当初から、ずっと続けている「読み解くシリーズ」(と、独自に命名しました笑)。

2014年には、人物像キャラクター篇として「人物像で読みとく着物ファッション 〜花魁、芸者から町娘、モダンガールまで」、続けて、名作日本文学篇として「着物で読み解く名作日本文学 〜夏目漱石から、泉鏡花に永井荷風、有吉佐和子まで」を開催。

そして、去年2015年は、(私自身が)待ちに待った歌舞伎篇!ということで、「歌舞伎で読み解く着物ファッション 〜花魁、芸者から御殿女中、町娘に悪婆まで」。つまり、歌舞伎を見てキモノを理解しよう&キモノで歌舞伎を読み解こう、という講座で、いや、楽しすぎました(私が笑)。


「人物像」を設定してキモノを見ていく、その理由


以前から折にふれて書いておりますが、昔のキモノ文化について、お話したり書いたりする際、私が非常にこだわって大切にしているのは、昔のキモノ文化をただ通時的に見るのではなく、「特定の職業や身分という枠を設定して見ていく」こと。つまり、人物像・キャラクターを設定して見ていく、ということなんです。

というのも、キモノが日常的だった江戸時代や明治大正期においては、身分や職業、既婚か未婚か、などによって、装いに大きな相違があったから。着るものや身に付けるものは、単なる個人の趣味の問題ではなく、その人の身分や職業などの「社会的な位置」を表す大切な「記号」だったわけです。そして、それこそが、現在においてキモノがちょっと難しくなってしまっている、大きな要因のひとつと言えるとも思うのですね。

なぜなら、今の時代、身分はない(ことになってる)し、年齢もとやかく言われない(ことになってる)ので、「江戸っ子な庶民の娘」ふうのキモノも手に入るし、「高い身分の武家の奥様」ふうの帯も手に入るし、「クロウトの姐さん」ふうの着こなしをしたっていい。でも、それらの「文脈」「意味」を全く知らなければ、すべてがごっちゃになってしまう、ということもあるわけで…。

キモノ文化が持っている「歴史」「意味」「文脈」


あるひとつの文化には、「歴史」「意味」「文脈」がある。もちろん、それをあえて無視することもよいかもしれません。でも、それをあえて無視するためにも、その背後にある「歴史」「意味」「文脈」を知る必要がある、と私は思うのです。

そんなキモノ文化のもっている「歴史」「意味」「文脈」を、具体的に・視覚的に・楽しくマスターするのにピッタリな教材は、実は、歌舞伎だ! と、そう常々思っていたので、満を持して、「歌舞伎で読み解くキモノファッション」を開催しました!

基本的に、毎回、「花魁・太夫」「芸者」「御殿女中」「娘(町娘、お嬢様、お姫様)」「年増(悪婆、女房、妾)」などの人物像・キャラクターを設定して、それらの人物像の歴史的背景を詳しく解説しつつ、ファッションの移り変わりを解説しつつ、さらに歌舞伎の映像も見る! という内容です(以下、各回のスライド表紙です。大好きな英山と英泉の浮世絵を使用しました)。

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「時代感覚」を大切にする、その理由


それと、もうひとつ、私がこだわっているのが、「時代感覚」です。

よくTVや雑誌などで「江戸文化特集」とかあったりすると、「江戸時代の吉原花魁は、こうこうこうでした」と一言で説明されたりしますよね。でも、江戸時代って、270年もあるんですよ〜! なので、「江戸時代の吉原花魁」と一言で言っても、江戸時代のどの時代なのか? によって内容が全く変わってしまうんです。だって、例えば、今から200年後の人に、「21世紀の女性のあいだで、『ソバージュ』と呼ばれるパーマヘアが流行した」って言われたら、「いや、違います」って思いますよね(笑)。でも、それと同じようなことがあるなぁ、と思ったりするんです(まぁ、TVや雑誌は、限られた制約のなかでコンパクトに解説しなければいけないので、仕方がないのだと思いますが)。

なので、私の講座では、できるだけ「年表」をお配りして、「時代の流れ」と「ファッションの変化」をしっかり対応させて理解する、というような内容にしたいと思ってやっています。なにかって言うと、年表を配って、そこに「享保の改革」だとか「日露戦争」だとか書いてあったりするので、「日本史の授業みたい…」と思われた方もいらっしゃったかもしれませんが(笑)。

例えば、「芸者」の回では、江戸時代〜昭和初期にかけての「芸者ファッション」の移り変わりを、時代を追いながら、細かく解説しました。「芸者」も、江戸時代270年のなかで、いろいろ細かく変化します。例えば、1700年代と1800年代では、芸者ファッションも変わりますし。また、「芸者」という職業がもつ意義・役割も、時代によって徐々に変化しますし。ひとことで、「江戸時代の芸者はこうでした」とか、カンタンには言えないのです。

深川芸者が登場する『盟三五大切』と『梅ごよみ』


ちなみに、「芸者」の回では、『盟三五大切』と『梅ごよみ』の歌舞伎映像をお見せしました。

盟三五大切(かみかけて さんご たいせつ)』は、鶴屋南北の作品。深川芸者・小万(時蔵)が、田舎モンの男を騙して金を巻き上げ、自分の男(仁左衛門)に貢ぐが、それを知った田舎モンの男に逆上され惨殺される、というお芝居。

梅ごよみ』は、私の大大愛読書『春色梅児誉美(しゅんしょく うめごよみ)』という為永春水の人情本を芝居化したもので、イケメン色男に惚れた2人の深川芸者・仇吉(玉三郎)と米八(勘三郎)が、男を争って貢ぐ、というお芝居。

えー、どちらも、「深川芸者」であることと、「惚れた男のために貢ぐ」というのが共通点ですね、はい。1800年代半ば頃まで、江戸ッ子たちから大人気だったのが、深川の芸者でした。吉原ほど格も値段も高くなく、カジュアルに遊べて、三味線などの芸も盛ん、サバサバとした気性が売りで、気に入れば転ぶこと(売春)も厭わなかったので、大人気だったそうですよ。


玉三郎&勘三郎の名演で見る、歌舞伎『梅ごよみ』

ここで、歌舞伎版『梅ごよみ』の映像のワンシーンをご紹介!(TVの衛星劇場chを撮影したものです) 『梅ごよみ』は、今回の講座でお見せした動画のなかで、イチバン「ウケた」映像でした(笑)。

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これは一体何をしているのか? と言いますと。深川芸者・米八(勘三郎)と、深川芸者・仇吉(玉三郎)は、イケメン丹次郎を取り合う恋のライバル同士。あるとき、米八(勘三郎)は、仇吉(玉三郎)がイケメン丹次郎に「羽織」をプレゼントしたのを知り、激しいジェラシーの炎を燃やします。ついにはその「羽織」を丹次郎から奪い取り、泥の中に投げつけ、上から駒下駄でエイエイッ!とばかりに踏みつけた! これに気づいた仇吉、米八に跳びかかり、「羽織」と「男」をめぐって、女2人のバトル勃発!(一方、イケメン丹次郎は、サッサとその場からトンズラ)

…というシーンです(笑)。勘三郎(左)の黒紋付きの出の衣装も素晴らしいですが、玉さま(右)の、薄紫がかった鼠色のしっとりとした地味な裾模様のキモノの、粋なこと! おそらく、帯もしっとりと染め帯でしょうね、半分だけ模様を見せた籠目柄は、キモノと同じ鼠色! でも地味になりすぎないよう、裾と袖の振りからチラリと見せる裏は、濃いめの卵色! この色彩コーディネート、やってみたいですね〜。

ちなみに。為永春水の原作『春色梅児誉美』には、上記のシーンは出てきません。実は、この「羽織をめぐるバトルシーン」は、続編にあたる『春色辰巳園(しゅんしょくたつみのその)』に出てくるのです。私は今から20年前、大学生の時にこの『春色梅児誉美』シリーズを読んで以来、このシリーズの大ファンでして…(拙書『色っぽいキモノ』でも何度か引用しました!)。江戸時代に刷られた和本も、持っております〜(自慢)♪ というわけで、私物の和本から、深川芸者・米八が、ジェラシーのあまり「羽織」を地面に叩きつけて、駒下駄でエイエイッと踏みつける! という衝撃シーンの挿し絵をご紹介。


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丹次郎「コレ、この女ァ、気がちがったか!」
米八「サァ、羽織を泥だらけにしたがわるいかァ!」

(『春色辰巳園』 第三編 巻の七 より)


キモノをめぐる人々のいとなみ=キモノ文化史


このような感じで、講座では、さまざまな資料をお見せしながら、できるだけ「多角的に」キモノ文化を味わい、楽しみながら、しかもちゃんと理解できる、というような講座にしたいと思ってやっております。私はつねづね、「キモノ」そのものだけにしか関心を持たないのは、もったいない、と思っておりまして。「キモノをめぐる文化」を知り、味わい、楽しむこと。それもまた、「キモノ」を愛でるひとつの方法だと思うのです。

そういえば、拙著『色っぽいキモノ』のAmazonレビューを見ると、たまに「色っぽい着付けの方法が書いてあると思ったのに、ほとんどなくて残念」と書かれていたりして、「申し訳なかったなぁ」と思ったりしたのですが、そうした物理的な「キモノそのもの」も勿論大切だと思うのですが、どちらかというと私は、「キモノをめぐる人々のいとなみ」のほうにどうしても興味がいってしまいがちで…。そのキモノを着て、何をするのか、どこへ行くのか、誰と会うのか、何を考え、何を思うのか。そして、人々の思想や行為に、キモノがどのように影響してきたのか。そういったことに、とても惹かれるのです。

そんなわけで、2016年4月から始まる、早稲田大学オープンカレッジの講座は、「キモノ文化史」というタイトルで行う予定です! 新たな情報は、3月頃、このブログとtwitterでお知らせしますので、ぜひぜひチェックしていただけたら嬉しいです。

最後になりましたが、「歌舞伎で読み解く着物ファッション」講座には、たくさんの方々がいらっしゃってくださいました。皆さま、本当にありがとうございました…! 




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「肉筆浮世絵展」に行ってきました。 〜英泉のアバズレ美と、表装の美。


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浮世絵としての肉筆画とは?


新年早々、上野の森美術館にて「肉筆浮世絵展」を見てきました!

唐突ですが、「えっ、肉? ニク?!」と思った方、いませんか? 今回、いろいろなところで、「肉筆浮世絵」「肉筆浮世絵」と何の説明もなく宣伝されていますが、「肉の筆って……なに……」と、声には出さねど心でつぶやいた方もいらっしゃったのでは…(数人は)。そんな素直な方のために書いておくと、この「肉」は、ステーキな意味での「肉」ではありません。「肉声」「肉眼」などと言う時の、「直接 direct」という意味での「肉」、ですね! つまり、「肉筆=ダイレクトに筆で描いたもの=プリントではない」という意味です。

浮世絵というと、普通は版画を思い浮かべるかもしれませんが、実は、浮世絵とは「その当時の風俗を描いた絵のジャンル」のことであって、浮世絵には、版画もあれば、筆で直接描いた絵(肉筆画)もありました。大量にプリントできる版画は値段も安かったのですが(1枚だいたい500円以下くらい)、一点ものである肉筆画は当然ながら値段が高く、美術品としての価値も肉筆画のほうがずっと上だったのです。


今回のこのコレクションの持ち主であるアメリカ人実業家・ウェストン氏は、もともと印籠など漆工芸品のコレクターだったそうで、肉筆浮世絵を集め始めたのはなんと、1990年代後半からだとか。図録の解説によると、彼の肉筆浮世絵コレクションには、以下の4つの特性があるそうです(図録P15より)。

1.肉筆画のみ
2.全時代を通して網羅的
3.美人画を中心とする
4.質の高い作品

特に、「版画は集めず、肉筆画のみを集める、浮世絵コレクター」は、とても珍しいのだそうですよ。




英泉、ああ、愛しのグロテスク美!


で、イキナリですが。私が今回、イチバン狂喜乱舞したのは、以下の一枚です(図録より)。


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大大大好きな渓斎英泉の「夏の洗い髪 美人図」!!!

これが「美人」か、って? 確かに、会場にいた女性2人組が、この絵を見て「うわ、バケモノ出た!」と言ってました(笑)。

正直言って私も、高校生くらいのころは、英泉が苦手でした。「うわ、気持ち悪い!」と思いました、はい。でも、大学生になって急にその魅力にハマってしまい、あとはもうヤミツキに…。最初は「うわ、何これマズイ!」と思ったのに、いつのまにか「う…うまいッ!」と思えてくる珍味のような…。大人になってからだんだんその「良さ」が分かってくる太地喜和子のような…(→参考:「太地喜和子ストリッパー3部作、『喜劇 男の泣きどころ』『喜劇 男の腕だめし』『喜劇 女の泣きどころ』のススメ」)。

とにかくですね、英泉の、「巨大な馬ヅラ」「シャクレあご」「受け口」「段違いになった、小さなツリ目」「やたらデカい足」「猫背」といった、グロテスク美が、もうたまらないんですよ。いったん「I LOVE❤ 英泉」になると、春信とか歌麿とかの「お品がいい」浮世絵を見た際には、

おやマァ、たいそうオツに澄ましておいでだヨ

なんて、アバズレめいたことをひとつふたつ言いたくなるんですよ!


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と、熱くなりましたが、そんな長年の英泉ファンの私、何が狂喜だったかというと、今回のこの作品の大きさ。ルーヴル美術館にあってもおかしくないくらい巨大だったこと、です! 普通の版画の浮世絵って、卓上サイズで、やっぱり小さいんですね。だけど、この肉筆画の英泉ときたら、全長約145cmもあるんです! この大きさで見上げる英泉には、本当に圧倒されました…。「美しいか」とか「美しくないか」とかどうでもいい、何か凄い迫力が目の前にある快感、がありましたね…。




表装の美しさにも注目すべし

それと、もうひとつ特筆に値するのが、それぞれの作品の「表装(ひょうそう)の素晴らしさ」、です。表装(ひょうそう)とは、書画を掛け軸などに仕立てること(ザックリですが)。今回の日本画に限って言えば、異なった色&柄&素材の、3種類(または2種類)の裂地をコーディネートして、作品のまわりを縁取り、作品の世界をグッと引き立てる、そんな重要な役割を果たすのが、表装。

以下、私の手書きの「表装の基本」解説。

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版画の浮世絵は、もともと安価でカジュアルな消耗品なので、特に表装されなかったのが普通。でも、肉筆画は一点ものの高価な日本画なので、表装されるのが普通です。なので、今回の展覧会でも、ほぼすべての作品が表装されていました。特に、前述の、英泉「夏の洗い髪美人図」の表装は、本当に素敵でした。

実際の表装は、↓こんな感じ(BS日テレ『ぶらぶら美術館』で取材されていたので、思わずTVを写メりました)。

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作品の色づかいに合わせて、黒とグリーンを基調とした裂地(黒の染めに、グリーンの糸で草花を刺繍した絹布)を「中廻し」に使用。この裂地は、おそらく高位の武家女性の小袖か打掛だと思います。

TVでは「中廻し」までしか写っていませんでしたが、さらに「」「」は、連続した松の柄のような柄を織り出した、茶色の織地でした。また、この表装には「一文字」がなかったので、中間くらいの「格」の少しカジュアルめの表装(たぶん、行の草)かと。ちなみに、着物と同じように、表装にも「格」(エライ順)があります(表装の「格」についてはコチラが詳しいです)。

昔から、ヨーロッパの美術館に行くと、私は絵そのものと同じくらい(もしくはそれ以上に)額縁(frame)に目が釘づけになっておりました。絵よりも額縁を見ている率のほうが高いくらいでした。表装も、額と同じようなものだと思います。が、しかし、通常、美術館の図録には額や表装は掲載されません。これが、以前から不満でして…。海外の美術館は撮影OKな場所が多いので写真をとればいいのですが、日本は撮影NGがほとんど(国立博物館はのぞく)。なので、気に入った表装は、何度も見て「記憶」します。絵をじーっと見て覚えて、今度は見ないで思い出す。これを数分おきにくり返す。そんな、人知れぬ努力をしてます(何の役にも立っていない)。



そんなわけで、すべて一点ものの貴重〜〜な肉筆画が、100点以上展示されているのが、今回の「肉筆浮世絵展」。いや、素晴らしかったです!




大富豪たちの正しいお金の使い方

それにしても、こんなすごいコレクションを所有している「ロジャー・ウェストン氏」って、一体ナニモノ? 図録によると、「銀行家・実業家」とのこと。検索してみたら…この方ですね(奥さまが美人!)。シカゴのグレイトバンクという、複数の銀行を有するホールディングカンパニーのCEO、とのこと。

あちらのお金持ちというのは、すごいですね〜。ガッポリ稼いだお金を、こういうものに使う! 詳しいことはわかりませんが、文化的なことにお金を使うことで、税制面で優遇されたり、金銭とは別に人々から尊敬や賞賛を得られたり、っていう社会的な基盤があるのでしょう。

もちろん、日本のお金持ちだって、そういう方はいらっしゃいます。「♪きのこのこのこ元気のこ、おいしいきのこはホクト♪」の、ホクト株式会社の創業者も、日本画をコレクションして長野に水野美術館を設立しています(→参考:「上村松園の描くキモノは意外と「粋」好み? 〜長野市「水野美術館」にて」)。また、電気機器で有名な村田製作所の創業者家の方が、海外に流出した明治期の工芸品をコツコツと買い戻し、京都に清水三年坂美術館をオープンされています(先日行きましたが、最高に素晴らしかったです!!!)。

でも、こうしている間にも、ハイクォリティな日本の美術品が、海外のお金持ちにどんどん買われてしまっている、ということが(図らずもウェストン氏のコレクションを見て)わかってしまいました…。わかりやすい高級車とか不動産とかだけでなく、こうした日本の美術品に価値を見出す「文化・芸術を愛する大富豪」が、日本にももっと増えますように…! と、他力本願な願い事を心中でつぶやいた新年。今年もどうぞ、よろしくお願い申し上げます。




—— 関連記事 ——


■ 「シカゴ ウェストンコレクション 肉筆浮世絵展
  1/17(日)まで、上野の森美術館で開催中!

■ 「北斎80歳代の超人ぶりについて。 〜長野県小布施にて、北斎の肉筆画を見た記。

■ 「【日本を知るための100冊】007:飯島虚心『葛飾北斎伝』 〜北斎の強烈すぎる自負心と、そのエピソードについて。

キネマ旬報社刊『女優 夏目雅子』に寄稿しております。 もしくは、『鬼龍院花子の生涯』を見よ!!!!


お知らせです!

没後30年に合わせて発売された『女優 夏目雅子』(キネマ旬報社)に、エッセイ「いかにして彼女は、自らを転生させたか? 清楚と色気のキモノ女優考」を寄稿しております。

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「清楚と色気のキモノ女優考」…というタイトルで、夏目雅子とキモノについて書きました。とりあげた作品は、映画『鬼龍院花子の生涯』(五社英雄監督)と、TVドラマ『虹子の冒険』(久世光彦演出)と、TVドラマ『妻は告白する』(瀬川昌治監督)、の3作品です。

特に、映画『鬼龍院花子の生涯』は、拙著『色っぽいキモノ』でも書きましたが、高校生時代に、粋で色っぽいキモノというジャンルに覚醒するきっかけとなった作品であり、我が心のNo1ベストムーヴィであり、仲代達矢の大大大ファンになった作品でもあり……ちなみに、久しぶりにDVDを見返して、またもや号泣。泣きながら原稿書きました。


で、今回、夏目雅子作品(TVドラマも含む)の映像を、できうる限り見たのですが、夏目雅子って、現代の女優さんにしては、かなりキモノを着る割合が高いんですね〜。面白いなぁ、と思いました。そこで、きっと、作り手側(たいてい男性)は、夏目雅子にキモノを着せることで、夏目雅子に何らかのイメージを付与しようとしたに違いない…という仮説のもと、上記の「清楚と色気のキモノ女優考」を書いてみました。

意識するにせよ、無意識にせよ、やはり、現代においてキモノを着るということは、決して「自然なこと」ではないと、私は思っています(良い悪いではありません、念のため)。キモノが日常着ではない現代において、あえてキモノを着るという行動には、何らかの「意図」や「目的」があり、そしてそこには、何らかの「意味」や「イメージ」が否応なく発生してしまう。それをあえて無いこととしてふるまうのもひとつの選択ですが、私は、そうしたことをきちんと自覚したい、と思うのです。そういう意味で、「現代において、キモノという衣裳が(否応なしに)担ってしまう意味」についても、考察してみました。ぜひぜひ、読んでいただけたら嬉しいです!


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…という私のことはともかくとして。この本、とにかく、とっても素敵な本です!! 装丁やデザインも、スタイリッシュ!(←大事ですよね。マニアックな本ほど、スタイリッシュな装丁、大事ですよね!!) 内容も、夏目雅子の貴重な写真や、夏目雅子の昔のインタビュー記事再録など、盛りだくさん。

特に、映画業界の方々へのインタビューは、映画ファン必読! 『鬼龍院〜』で夏目雅子と共演した岩下志麻姐さんや、篠田正浩監督(岩下志麻の旦那様ですね)、『鬼龍院〜』の脚本家の高田宏治氏、津川雅彦佐藤浩市などのインタビューが、かなり貴重。特に、津川雅彦氏のインタビューが、ものすごく面白い!! 夏目雅子のイメージ、変わります。ひとつだけ書いちゃうと、夏目雅子が、鬼のシゴキで有名な相米慎二監督をdisってた話とか(笑)。ちなみに、佐藤浩市も、夏目雅子が相米監督を「ハゲ」とdisってたとバラしてました…(続きは本書をどうぞ!)。

そのほか、笠原和夫氏(任侠映画で有名な脚本家)が、夏目雅子で『緋牡丹博徒』みたいなものを撮りたがってたとか、高田宏治氏(任侠映画で有名な脚本家)と蔵原惟繕監督が、夏目雅子と仲代達矢で明治時代版『風と共に去りぬ』をやろうとしてた(脚本までできてた!)とか、篠田正浩監督は、夏目雅子で谷崎潤一郎の『武州公秘話』をやろうと思ってたとか、「うわーーーー見たかったーー」と思うような話もポロポロ。


にしても、夏目雅子は、ずいぶん、第一級の映画人たちに愛されていたのだなぁ、と改めて驚きました。当時、単なる美女なら他にもたくさんいたはずで…、夏目雅子には、美貌のほかに、そうしたクリエーターたちの心をグッと惹きつけるものがあった、としか思えません。

でも、それって、何だろう?


そういえば。本書での篠田正浩監督へのインタビューで、篠田監督が以下のようなことを仰っていたのが、非常に印象的でした。


「彼ら(『瀬戸内少年野球団』に出演していた、夏目雅子、渡辺謙、郷ひろみ)はみんなすごく礼儀正しく真面目でしたが、一番不良性を秘めていたのは夏目君でした。根本的に言うと、不良性のない、つまり本人の中に危険なものを秘めていない女優さんは、何を演っても同じになってしまうんです。夏目君にはいつ壊れるかもしれないという、内面のマグマを秘めていたんじゃないか。」



これ、演技だけではない、なにか、人間の魅力や芸術の引力といったことに関する「本質」をついているような気がしてなりません。特に、芸術ジャンルにおいて、このことはすべてに言えることなのではないでしょうか?


あ、ちなみに、この篠田監督の言う「不良性」とは、表面的な浅いカテゴリーでの「不良」(暴れたり、遊びまわったり、ハデだったり、チャラかったり、酒・性・賭事・薬物・軽犯罪…といった表面的な言動スタイルによりカテゴライズされるところの「いわゆる不良」)という意味ではないでしょう。えーと、ちなみに、こういう表層的な言動パターンにより帰結する不良さんって、内面はわりと常識的でごく普通だったりします(良い悪いではなく、客観的に)。

じゃあ、篠田監督が言ってる「不良」って何だ? っていうと、外見や普段の言動からは全く分からないが、当人にもどうにもしようがない「熱さの塊」「過激な魂」を内面に抱えている人、のことではないか、と。これを、「業」とも言いますが。

それでも、「えー。それって何のこと? それってどういう人のことよ?!」と、もしも、さらに聞かれたならば。

とにもかくにも、

五社英雄監督と高田宏治と仲代達矢と夏目雅子と岩下志麻と夏木マリがおのおののアツい「業」をぶつけ合い燃え上がり灰となって散る『鬼龍院花子の生涯』を見よ!!!!

 …ということで、ひとまずは答えとしたいと思います。




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