井嶋ナギの日本文化ノート

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早稲田大学オープンカレッジ 講座「歌舞伎で読み解く着物ファッション」レポート。このような内容で行いました!


昨年は、春・夏・秋と、早稲田大学エクステンションセンターにて連続で講座をおこなった一年でした。今年も、春・秋に講座を行う予定です! …というわけで、新年早々、去年を振り返りつつ今年を見据えるという意味で、昨年の講座のレポートを書きたいと思います。

昨年行った講座は、以下の3つの企画です。

歌舞伎で読み解く着物ファッション
 〜花魁、芸者から御殿女中、町娘に悪婆まで


江戸のラブストーリー「人情本」に見る江戸娘の着物ファッション
 〜『春色梅児誉美』を読んでみませんか?


名作映画に描かれた日本の美と享楽の世界
 〜歌舞伎、浮世絵から、任俠、花柳界、戦前モダン文化まで


というわけで、今回は、春に行った「歌舞伎で読み解く着物ファッション 〜花魁、芸者から御殿女中、町娘に悪婆まで」について、レポートします!



読み解くシリーズ 2014〜2015


2014年の当初から、ずっと続けている「読み解くシリーズ」(と、独自に命名しました笑)。

2014年には、人物像キャラクター篇として「人物像で読みとく着物ファッション 〜花魁、芸者から町娘、モダンガールまで」、続けて、名作日本文学篇として「着物で読み解く名作日本文学 〜夏目漱石から、泉鏡花に永井荷風、有吉佐和子まで」を開催。

そして、去年2015年は、(私自身が)待ちに待った歌舞伎篇!ということで、「歌舞伎で読み解く着物ファッション 〜花魁、芸者から御殿女中、町娘に悪婆まで」。つまり、歌舞伎を見てキモノを理解しよう&キモノで歌舞伎を読み解こう、という講座で、いや、楽しすぎました(私が笑)。


「人物像」を設定してキモノを見ていく、その理由


以前から折にふれて書いておりますが、昔のキモノ文化について、お話したり書いたりする際、私が非常にこだわって大切にしているのは、昔のキモノ文化をただ通時的に見るのではなく、「特定の職業や身分という枠を設定して見ていく」こと。つまり、人物像・キャラクターを設定して見ていく、ということなんです。

というのも、キモノが日常的だった江戸時代や明治大正期においては、身分や職業、既婚か未婚か、などによって、装いに大きな相違があったから。着るものや身に付けるものは、単なる個人の趣味の問題ではなく、その人の身分や職業などの「社会的な位置」を表す大切な「記号」だったわけです。そして、それこそが、現在においてキモノがちょっと難しくなってしまっている、大きな要因のひとつと言えるとも思うのですね。

なぜなら、今の時代、身分はない(ことになってる)し、年齢もとやかく言われない(ことになってる)ので、「江戸っ子な庶民の娘」ふうのキモノも手に入るし、「高い身分の武家の奥様」ふうの帯も手に入るし、「クロウトの姐さん」ふうの着こなしをしたっていい。でも、それらの「文脈」「意味」を全く知らなければ、すべてがごっちゃになってしまう、ということもあるわけで…。

キモノ文化が持っている「歴史」「意味」「文脈」


あるひとつの文化には、「歴史」「意味」「文脈」がある。もちろん、それをあえて無視することもよいかもしれません。でも、それをあえて無視するためにも、その背後にある「歴史」「意味」「文脈」を知る必要がある、と私は思うのです。

そんなキモノ文化のもっている「歴史」「意味」「文脈」を、具体的に・視覚的に・楽しくマスターするのにピッタリな教材は、実は、歌舞伎だ! と、そう常々思っていたので、満を持して、「歌舞伎で読み解くキモノファッション」を開催しました!

基本的に、毎回、「花魁・太夫」「芸者」「御殿女中」「娘(町娘、お嬢様、お姫様)」「年増(悪婆、女房、妾)」などの人物像・キャラクターを設定して、それらの人物像の歴史的背景を詳しく解説しつつ、ファッションの移り変わりを解説しつつ、さらに歌舞伎の映像も見る! という内容です(以下、各回のスライド表紙です。大好きな英山と英泉の浮世絵を使用しました)。

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「時代感覚」を大切にする、その理由


それと、もうひとつ、私がこだわっているのが、「時代感覚」です。

よくTVや雑誌などで「江戸文化特集」とかあったりすると、「江戸時代の吉原花魁は、こうこうこうでした」と一言で説明されたりしますよね。でも、江戸時代って、270年もあるんですよ〜! なので、「江戸時代の吉原花魁」と一言で言っても、江戸時代のどの時代なのか? によって内容が全く変わってしまうんです。だって、例えば、今から200年後の人に、「21世紀の女性のあいだで、『ソバージュ』と呼ばれるパーマヘアが流行した」って言われたら、「いや、違います」って思いますよね(笑)。でも、それと同じようなことがあるなぁ、と思ったりするんです(まぁ、TVや雑誌は、限られた制約のなかでコンパクトに解説しなければいけないので、仕方がないのだと思いますが)。

なので、私の講座では、できるだけ「年表」をお配りして、「時代の流れ」と「ファッションの変化」をしっかり対応させて理解する、というような内容にしたいと思ってやっています。なにかって言うと、年表を配って、そこに「享保の改革」だとか「日露戦争」だとか書いてあったりするので、「日本史の授業みたい…」と思われた方もいらっしゃったかもしれませんが(笑)。

例えば、「芸者」の回では、江戸時代〜昭和初期にかけての「芸者ファッション」の移り変わりを、時代を追いながら、細かく解説しました。「芸者」も、江戸時代270年のなかで、いろいろ細かく変化します。例えば、1700年代と1800年代では、芸者ファッションも変わりますし。また、「芸者」という職業がもつ意義・役割も、時代によって徐々に変化しますし。ひとことで、「江戸時代の芸者はこうでした」とか、カンタンには言えないのです。

深川芸者が登場する『盟三五大切』と『梅ごよみ』


ちなみに、「芸者」の回では、『盟三五大切』と『梅ごよみ』の歌舞伎映像をお見せしました。

盟三五大切(かみかけて さんご たいせつ)』は、鶴屋南北の作品。深川芸者・小万(時蔵)が、田舎モンの男を騙して金を巻き上げ、自分の男(仁左衛門)に貢ぐが、それを知った田舎モンの男に逆上され惨殺される、というお芝居。

梅ごよみ』は、私の大大愛読書『春色梅児誉美(しゅんしょく うめごよみ)』という為永春水の人情本を芝居化したもので、イケメン色男に惚れた2人の深川芸者・仇吉(玉三郎)と米八(勘三郎)が、男を争って貢ぐ、というお芝居。

えー、どちらも、「深川芸者」であることと、「惚れた男のために貢ぐ」というのが共通点ですね、はい。1800年代半ば頃まで、江戸ッ子たちから大人気だったのが、深川の芸者でした。吉原ほど格も値段も高くなく、カジュアルに遊べて、三味線などの芸も盛ん、サバサバとした気性が売りで、気に入れば転ぶこと(売春)も厭わなかったので、大人気だったそうですよ。


玉三郎&勘三郎の名演で見る、歌舞伎『梅ごよみ』

ここで、歌舞伎版『梅ごよみ』の映像のワンシーンをご紹介!(TVの衛星劇場chを撮影したものです) 『梅ごよみ』は、今回の講座でお見せした動画のなかで、イチバン「ウケた」映像でした(笑)。

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これは一体何をしているのか? と言いますと。深川芸者・米八(勘三郎)と、深川芸者・仇吉(玉三郎)は、イケメン丹次郎を取り合う恋のライバル同士。あるとき、米八(勘三郎)は、仇吉(玉三郎)がイケメン丹次郎に「羽織」をプレゼントしたのを知り、激しいジェラシーの炎を燃やします。ついにはその「羽織」を丹次郎から奪い取り、泥の中に投げつけ、上から駒下駄でエイエイッ!とばかりに踏みつけた! これに気づいた仇吉、米八に跳びかかり、「羽織」と「男」をめぐって、女2人のバトル勃発!(一方、イケメン丹次郎は、サッサとその場からトンズラ)

…というシーンです(笑)。勘三郎(左)の黒紋付きの出の衣装も素晴らしいですが、玉さま(右)の、薄紫がかった鼠色のしっとりとした地味な裾模様のキモノの、粋なこと! おそらく、帯もしっとりと染め帯でしょうね、半分だけ模様を見せた籠目柄は、キモノと同じ鼠色! でも地味になりすぎないよう、裾と袖の振りからチラリと見せる裏は、濃いめの卵色! この色彩コーディネート、やってみたいですね〜。

ちなみに。為永春水の原作『春色梅児誉美』には、上記のシーンは出てきません。実は、この「羽織をめぐるバトルシーン」は、続編にあたる『春色辰巳園(しゅんしょくたつみのその)』に出てくるのです。私は今から20年前、大学生の時にこの『春色梅児誉美』シリーズを読んで以来、このシリーズの大ファンでして…(拙書『色っぽいキモノ』でも何度か引用しました!)。江戸時代に刷られた和本も、持っております〜(自慢)♪ というわけで、私物の和本から、深川芸者・米八が、ジェラシーのあまり「羽織」を地面に叩きつけて、駒下駄でエイエイッと踏みつける! という衝撃シーンの挿し絵をご紹介。


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丹次郎「コレ、この女ァ、気がちがったか!」
米八「サァ、羽織を泥だらけにしたがわるいかァ!」

(『春色辰巳園』 第三編 巻の七 より)


キモノをめぐる人々のいとなみ=キモノ文化史


このような感じで、講座では、さまざまな資料をお見せしながら、できるだけ「多角的に」キモノ文化を味わい、楽しみながら、しかもちゃんと理解できる、というような講座にしたいと思ってやっております。私はつねづね、「キモノ」そのものだけにしか関心を持たないのは、もったいない、と思っておりまして。「キモノをめぐる文化」を知り、味わい、楽しむこと。それもまた、「キモノ」を愛でるひとつの方法だと思うのです。

そういえば、拙著『色っぽいキモノ』のAmazonレビューを見ると、たまに「色っぽい着付けの方法が書いてあると思ったのに、ほとんどなくて残念」と書かれていたりして、「申し訳なかったなぁ」と思ったりしたのですが、そうした物理的な「キモノそのもの」も勿論大切だと思うのですが、どちらかというと私は、「キモノをめぐる人々のいとなみ」のほうにどうしても興味がいってしまいがちで…。そのキモノを着て、何をするのか、どこへ行くのか、誰と会うのか、何を考え、何を思うのか。そして、人々の思想や行為に、キモノがどのように影響してきたのか。そういったことに、とても惹かれるのです。

そんなわけで、2016年4月から始まる、早稲田大学オープンカレッジの講座は、「キモノ文化史」というタイトルで行う予定です! 新たな情報は、3月頃、このブログとtwitterでお知らせしますので、ぜひぜひチェックしていただけたら嬉しいです。

最後になりましたが、「歌舞伎で読み解く着物ファッション」講座には、たくさんの方々がいらっしゃってくださいました。皆さま、本当にありがとうございました…! 




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