昨年は、春・夏・秋と、早稲田大学エクステンションセンターにて連続で講座をおこなった一年でした。今年も、春・秋に講座を行う予定です! …というわけで、新年早々、去年を振り返りつつ今年を見据えるという意味で、昨年の講座のレポートを書きたいと思います。
昨年行った講座は、以下の3つの企画です。
■歌舞伎で読み解く着物ファッション
〜花魁、芸者から御殿女中、町娘に悪婆まで
■江戸のラブストーリー「人情本」に見る江戸娘の着物ファッション
〜『春色梅児誉美』を読んでみませんか?
■名作映画に描かれた日本の美と享楽の世界
〜歌舞伎、浮世絵から、任俠、花柳界、戦前モダン文化まで
というわけで、今回は、昨年夏におこなった「江戸のラブストーリー「人情本」に見る江戸娘の着物ファッション」について、レポートします!
「人情本」ジャンルとは?
「人情本(にんじょうぼん)」という江戸時代の小説ジャンルがあるのを、ご存知でしょうか? 江戸時代後期(天保以降)に流行したジャンルで、ひとことで言えば、当時の恋愛小説です。もちろん、それまでも男女の恋愛を描いた文芸作品はありました。が、あくまでも「クロウト女性(遊女とか花魁)と客」の関係だったり、あくまでも「男目線の(都合のいい)恋愛」だったり、でした。
ところが、「人情本」では、さまざまな職業の女性や市井のシロウト娘までも登場させ、女性の切ない恋心や繊細な心の動きを(それなりに)細かく丁寧に描きました。また、当時の若い男女のリアルな会話をイキイキと描写。そうした点で、とても画期的な新しい文芸だったのです。
さらに言えば、「人情本」には、江戸で人気の音楽(清元などの浄瑠璃)や、イケてるお洒落(着物の描写が細かい!)、流行ってる言葉づかい、などの流行情報もふんだんに盛り込んだり、人気絵師による挿し絵(着物の柄などが細かい!)もとても華やかでオシャレで、いろいろな意味でヒット要素が盛りだくさんのジャンルだったのですね。
「人情本」の嚆矢、『春色梅児誉美』
そんな「人情本」の嚆矢と言える作品が、『春色梅児誉美(しゅんしょく うめごよみ)』です。作者は、為永春水(ためなが しゅんすい)。以下の画像は、実際の『春色梅児誉美』、江戸時代に刷られた和本です(井嶋私物です)。
前回の記事でも、歌舞伎版『梅ごよみ』(玉三郎&勘三郎ver.)と絡めてご紹介したので、ぜひコチラのページ(「早稲田大学オープンカレッジ 講座「歌舞伎で読み解く着物ファッション」は、このような内容で行いました!」)も見ていただけると嬉しいのですが、基本的には、「イケメン男」と女子の痴話喧嘩とかイチャイチャとか、「イケメン男」をめぐる女子同士のいがみ合いとか、「イケメン男」のサイテーな優柔不断、が話のメインです(笑)。
どんなお話なのかわかりやすいように、講座では、以下のような人物相関図を作りました!
どうでしょう? 面白そうですよね?!
この、イケメン丹次郎(吉原の遊女屋「唐琴屋」の跡継ぎ=金持ちの息子だが、ゆえあって流浪の身)をめぐって、女たちが火花を散らしまくります! バチバチバチ!
『春色辰巳園』を読んでみましょう!
『春色梅児誉美』は大ヒットしたため、シリーズ化されて、全部で5作あります。第1作の『春色梅児誉美』ももちろん面白いのですが、実は、私は、その第2作目の『春色辰巳園(しゅんしょく たつみのその)』が最も好きでして…!
前回の記事(「早稲田大学オープンカレッジ 講座「歌舞伎で読み解く着物ファッション」は、このような内容で行いました!」)でもご紹介した、「深川芸者・米八が、イケメン丹次郎から『羽織』を奪い取って、泥の中に投げつけて、下駄で踏みまくる!」という面白エピソードも、『春色辰巳園』のいちエピソード。…というわけで、このエピソードの部分の原文を、講座でも読みました。今回のこの記事でも、その部分をチラッとご紹介しますね。
(それまでのあらすじ)
売れっ子深川芸者の、米八(よねはち)と仇吉(あだきち)は、イケメン丹次郎をめぐる、恋のライバル同士。ある時、仇吉が、イケメン丹次郎に、自分の紋を入れた『羽織(はおり)』を仕立ててプレゼントした。それを知った米八は、悋気と嫉妬とジェラシーに燃え上がり、丹次郎からその『羽織』をはぎ取って、地面の上の泥に投げつけ、さらには駒下駄で踏みまくった!
丹次郎「コレ、この女ァ、気がちがったか!」
米八「サァ、羽織を泥だらけにしたがわるいかァ!」
そんな米八をなだめるため、イケメン丹次郎は米八とイチャイチャし始めます(いつもの常套手段です。サイテーです笑)。
そうした状況に気がついた仇吉、カッ!としてその場にイキナリ乱入! そのときの状況は、以下。
仇吉「(モシ、米八)つぁん。今ちょっとうけたまわったが、わちきが紋の付いた羽織がお気にさわって、泥に踏み込んで、まだ飽きたらねぇで、だいぶ丹さん(丹次郎のこと)に洗いだてをしなさるが、どうでもつれてとやかくと揉めた挙句は、丹さんがいつもしみじみ離れがたない兼言の積もる仇吉丹次郎と、命をかけた二人が仲。お気の毒だが、米八つぁん。どうでお前は無い「縁」だと思い切って、丹さんはわちきにおくれな」
米八、せせら笑い、
米八「御念の入ったご挨拶だが、まァ、よしにしましょうよ。ひとの亭主を盗んでおいて、知れた時には貰おうとは、なるほど(お前はいいムシだ)」
(注:( )内は、上記の画像からはみ出てしまった文言です)
…といった調子で、「口」でのケンカが始まります。言い合いはさらに続き、最終的には「手」が出て、取っ組み合いのケンカになるのでした…。
その後も、米八と仇吉のいがみ合いは、折にふれて起こりまして。最終的には、米八が仇吉に「果し状」を提出! その結果、またもや激しいバトルが勃発! こんな感じ↓で、取っ組み合いのケンカを繰り広げる、売れっ子美人芸者ふたり(笑)。
「恋風や 柳の眉を つの目だて」
『春色梅児誉美』を初めて読んだ頃の思い出
というわけで、まぁ、くだらない…と思いつつも、クスッと笑ったり、ちょっぴり同情したり、とても楽しい江戸ラブストーリーなんです。何よりも、「江戸時代後期の江戸の娘になったような気持ち」を味わえるのが、本当に楽しくて…! 大学生の時、この作品を読んで初めて、江戸時代がググーッと自分に近くなったのを、今でも忘れることができません。
そうそう、『春色梅児誉美』のトリコになった頃、私は神楽坂の料亭でバイトをしておりました。そうしょっちゅうお客様が来るわけでもなかったので、岩波の古典文学大系『春色梅児誉美』を持ち込んで、店番しながら読んでたんです。しかも、あまりに面白くて、客が来ても読むのをやめられず、もう一人のバイトの女の子に接客をまかせて、夢中でこれを読みまくり(ヒドイ)。しかも、その料亭の女将さんの息子さん(マスターと呼ばれていた)がやって来て、「あれ、君、なんで接客しないの?」と言ったのに対し、「あ、○○ちゃんが接客してますから〜♪」と平然と言い放ち、そのまま『春色梅児誉美』を読みまくっていた私。あまりに平然としていたせいか、女将さんの息子さんも無言で去っていきました…。我ながら、あの頃の自分がそら恐ろしいです…。あ、今はそんな世間知らずじゃないですよ…(たぶん…)。
なんてことはどうでもいいとして。そんなわけで、上記のような講座を行いました。もちろん、深川芸者の歴史や、芸者ファッションの変遷、なども解説しました。自分ではとても楽しかったので、またこの内容でやってみたいな〜と思ったりしております。この講座に参加くださった皆様、本当にありがとうございました!
(注:上記で使用した画像は、すべて井嶋私物の和本です)
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