浮世絵としての肉筆画とは?
新年早々、上野の森美術館にて「肉筆浮世絵展」を見てきました!
唐突ですが、「えっ、肉? ニク?!」と思った方、いませんか? 今回、いろいろなところで、「肉筆浮世絵」「肉筆浮世絵」と何の説明もなく宣伝されていますが、「肉の筆って……なに……」と、声には出さねど心でつぶやいた方もいらっしゃったのでは…(数人は)。そんな素直な方のために書いておくと、この「肉」は、ステーキな意味での「肉」ではありません。「肉声」「肉眼」などと言う時の、「直接 direct」という意味での「肉」、ですね! つまり、「肉筆=ダイレクトに筆で描いたもの=プリントではない」という意味です。
浮世絵というと、普通は版画を思い浮かべるかもしれませんが、実は、浮世絵とは「その当時の風俗を描いた絵のジャンル」のことであって、浮世絵には、版画もあれば、筆で直接描いた絵(肉筆画)もありました。大量にプリントできる版画は値段も安かったのですが(1枚だいたい500円以下くらい)、一点ものである肉筆画は当然ながら値段が高く、美術品としての価値も肉筆画のほうがずっと上だったのです。
今回のこのコレクションの持ち主であるアメリカ人実業家・ウェストン氏は、もともと印籠など漆工芸品のコレクターだったそうで、肉筆浮世絵を集め始めたのはなんと、1990年代後半からだとか。図録の解説によると、彼の肉筆浮世絵コレクションには、以下の4つの特性があるそうです(図録P15より)。
1.肉筆画のみ
2.全時代を通して網羅的
3.美人画を中心とする
4.質の高い作品
特に、「版画は集めず、肉筆画のみを集める、浮世絵コレクター」は、とても珍しいのだそうですよ。
英泉、ああ、愛しのグロテスク美!
で、イキナリですが。私が今回、イチバン狂喜乱舞したのは、以下の一枚です(図録より)。
大大大好きな渓斎英泉の「夏の洗い髪 美人図」!!!
これが「美人」か、って? 確かに、会場にいた女性2人組が、この絵を見て「うわ、バケモノ出た!」と言ってました(笑)。
正直言って私も、高校生くらいのころは、英泉が苦手でした。「うわ、気持ち悪い!」と思いました、はい。でも、大学生になって急にその魅力にハマってしまい、あとはもうヤミツキに…。最初は「うわ、何これマズイ!」と思ったのに、いつのまにか「う…うまいッ!」と思えてくる珍味のような…。大人になってからだんだんその「良さ」が分かってくる太地喜和子のような…(→参考:「太地喜和子ストリッパー3部作、『喜劇 男の泣きどころ』『喜劇 男の腕だめし』『喜劇 女の泣きどころ』のススメ」)。
とにかくですね、英泉の、「巨大な馬ヅラ」「シャクレあご」「受け口」「段違いになった、小さなツリ目」「やたらデカい足」「猫背」といった、グロテスク美が、もうたまらないんですよ。いったん「I LOVE❤ 英泉」になると、春信とか歌麿とかの「お品がいい」浮世絵を見た際には、
「おやマァ、たいそうオツに澄ましておいでだヨ」
なんて、アバズレめいたことをひとつふたつ言いたくなるんですよ!
と、熱くなりましたが、そんな長年の英泉ファンの私、何が狂喜だったかというと、今回のこの作品の大きさ。ルーヴル美術館にあってもおかしくないくらい巨大だったこと、です! 普通の版画の浮世絵って、卓上サイズで、やっぱり小さいんですね。だけど、この肉筆画の英泉ときたら、全長約145cmもあるんです! この大きさで見上げる英泉には、本当に圧倒されました…。「美しいか」とか「美しくないか」とかどうでもいい、何か凄い迫力が目の前にある快感、がありましたね…。
表装の美しさにも注目すべし
それと、もうひとつ特筆に値するのが、それぞれの作品の「表装(ひょうそう)の素晴らしさ」、です。表装(ひょうそう)とは、書画を掛け軸などに仕立てること(ザックリですが)。今回の日本画に限って言えば、異なった色&柄&素材の、3種類(または2種類)の裂地をコーディネートして、作品のまわりを縁取り、作品の世界をグッと引き立てる、そんな重要な役割を果たすのが、表装。
以下、私の手書きの「表装の基本」解説。
版画の浮世絵は、もともと安価でカジュアルな消耗品なので、特に表装されなかったのが普通。でも、肉筆画は一点ものの高価な日本画なので、表装されるのが普通です。なので、今回の展覧会でも、ほぼすべての作品が表装されていました。特に、前述の、英泉「夏の洗い髪美人図」の表装は、本当に素敵でした。
実際の表装は、↓こんな感じ(BS日テレ『ぶらぶら美術館』で取材されていたので、思わずTVを写メりました)。
作品の色づかいに合わせて、黒とグリーンを基調とした裂地(黒の染めに、グリーンの糸で草花を刺繍した絹布)を「中廻し」に使用。この裂地は、おそらく高位の武家女性の小袖か打掛だと思います。
TVでは「中廻し」までしか写っていませんでしたが、さらに「天」「地」は、連続した松の柄のような柄を織り出した、茶色の織地でした。また、この表装には「一文字」がなかったので、中間くらいの「格」の少しカジュアルめの表装(たぶん、行の草)かと。ちなみに、着物と同じように、表装にも「格」(エライ順)があります(表装の「格」についてはコチラが詳しいです)。
昔から、ヨーロッパの美術館に行くと、私は絵そのものと同じくらい(もしくはそれ以上に)額縁(frame)に目が釘づけになっておりました。絵よりも額縁を見ている率のほうが高いくらいでした。表装も、額と同じようなものだと思います。が、しかし、通常、美術館の図録には額や表装は掲載されません。これが、以前から不満でして…。海外の美術館は撮影OKな場所が多いので写真をとればいいのですが、日本は撮影NGがほとんど(国立博物館はのぞく)。なので、気に入った表装は、何度も見て「記憶」します。絵をじーっと見て覚えて、今度は見ないで思い出す。これを数分おきにくり返す。そんな、人知れぬ努力をしてます(何の役にも立っていない)。
そんなわけで、すべて一点ものの貴重〜〜な肉筆画が、100点以上展示されているのが、今回の「肉筆浮世絵展」。いや、素晴らしかったです!
大富豪たちの正しいお金の使い方
それにしても、こんなすごいコレクションを所有している「ロジャー・ウェストン氏」って、一体ナニモノ? 図録によると、「銀行家・実業家」とのこと。検索してみたら…この方ですね(奥さまが美人!)。シカゴのグレイトバンクという、複数の銀行を有するホールディングカンパニーのCEO、とのこと。
あちらのお金持ちというのは、すごいですね〜。ガッポリ稼いだお金を、こういうものに使う! 詳しいことはわかりませんが、文化的なことにお金を使うことで、税制面で優遇されたり、金銭とは別に人々から尊敬や賞賛を得られたり、っていう社会的な基盤があるのでしょう。
もちろん、日本のお金持ちだって、そういう方はいらっしゃいます。「♪きのこのこのこ元気のこ、おいしいきのこはホクト♪」の、ホクト株式会社の創業者も、日本画をコレクションして長野に水野美術館を設立しています(→参考:「上村松園の描くキモノは意外と「粋」好み? 〜長野市「水野美術館」にて」)。また、電気機器で有名な村田製作所の創業者家の方が、海外に流出した明治期の工芸品をコツコツと買い戻し、京都に清水三年坂美術館をオープンされています(先日行きましたが、最高に素晴らしかったです!!!)。
でも、こうしている間にも、ハイクォリティな日本の美術品が、海外のお金持ちにどんどん買われてしまっている、ということが(図らずもウェストン氏のコレクションを見て)わかってしまいました…。わかりやすい高級車とか不動産とかだけでなく、こうした日本の美術品に価値を見出す「文化・芸術を愛する大富豪」が、日本にももっと増えますように…! と、他力本願な願い事を心中でつぶやいた新年。今年もどうぞ、よろしくお願い申し上げます。
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