井嶋ナギの日本文化ノート

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上村松園の描くキモノは意外と「粋」好み? 〜長野市「水野美術館」にて。

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先日から書いていますが、先日、長野にプチ旅行に行ってきました。

今回は須坂と小布施に行くのが目的だったので、長野市内は特に見るつもりはなかったのです。が! 長野駅のインフォメーションセンターを覗くと、あらっ! ステキすぎるチラシが…! 


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「水野美術館」…美人画…「水野美術館」…美人画…。あ! 水野コレクション!!? 日本文化好き・着物好きならば嫌いなわけがない、明治〜昭和初期の美人画。私もご多分にもれず、高校生の頃から鏑木清方やら上村松園に傾倒し、画集を古本屋であさってきては、夢かうつつかの「妄想時間」を過ごしてきました。そんな画集や目録で、何度か「水野コレクション」という記述を目にしていたのを急に思い出したのです。というわけで、予定変更! 急きょ「水野美術館」を訪れることに決定!



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ちょうどこの時期は、水野コレクションがメインではなく、「広培庵コレクション」展が開催中でした。もちろん、水野コレクションからも数点展示されていましたが(上村松園の美人画など)、基本的には「培広庵コレクション」が中心。が、この「培広庵コレクション」が、スゴかった…! 質、センス、ボリューム、すべてが素晴らしすぎて驚愕!!!!!の美人画コレクションだったのです。

展示されていた画家は、西の上村松園、東の鏑木清方をはじめ、大阪で活躍した北野恒富島成園、京都の甲斐庄楠音岡本神草『口紅』が最高)、個人的に大〜〜好きな鰭崎英朋、日本の印象派土田麦僊、早生した美人画家カップル池田蕉園・輝方、鏑木清方門下の三羽烏、寺島紫明山川秀峰(ちなみに息子は山川方夫)・伊藤深水(ちなみに娘は朝丘雪路)…などなど。どちらを向いても,美人、美人、美人、美人、美人、美人…! 

図録の『美人画の四季 〜培広庵コレクション』は、本になっていてAmazonでも買えるのでオススメ! 肩脱ぎ姿の色っぽい表紙は、浪花の女流画家・島成園の作品『化粧』です。

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そんなわけですが、今回いくつかの上村松園の作品を見て、松園が描く女性の着物の着こなしについて、気づいたことをひとつ。


上村松園といえば、京都などの上方の女性の、愁いをたたえた上品な姿を描いた画家。特に、髪型やかんざし、着物や帯などのファッションを、こと細かに丁寧に描いているのが特徴で、私もいつも、まるでファッション雑誌を見るがごとく、絵のなかの女性の着こなしをじーっくり観察してしまうのです。図録には、以下のような一文がありました。

松園の世界は、主に江戸末期から明治初期の女性風俗で、後年多く描いた能に取材した作品では、藤原時代の風俗や近世初期の風俗が画かれた。現代風俗からの取材は作品を卑俗にするから画かない、というのが、松園の信念であった。

『美人画の四季 〜培広庵コレクション』加藤類子氏の前書き より


なるほど、松園の作品内の風俗は江戸末期〜明治初期がメインなのですね。そんな松園自身は、明治8年生まれで昭和24年まで生きていましたが、自分や自分の母が生きた時代の風俗を心から愛していたようで。浮世絵や絵草紙などを見ながら、過去の風俗を熱心に研究していたと、私もどこかで読んだことがあります。





そんな松園の描く女性ですが、以下の3つの作品を見て、あるひとつの共通点があることを発見してしまいました。わかりますでしょうか?


上村松園『桜狩の図』(昭和10年・培広庵コレクション)

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上村松園『志久礼(しぐれ)』(昭和初期・水野美術館蔵)

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上村松園『雪中美人』(大正前期・水野美術館蔵)

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上記の3の作品に共通していること。それは、「上品な着こなしのなかに、チェック(格子)柄アイテムを取り入れていること」です! 


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特に、『志久礼』(上画像の中央)は珍しくて、振袖に重ねて着ている着物(中着)の柄が、格子柄なのです! 文庫に結んだ帯、いかにも令嬢といった上品な菊の裾模様の振袖に、中着が格子柄とは…。なんて斬新! 髪は島田髷だし、この外見からして、商売女ではなく一般の未婚女性で、上方の商家のお嬢さんあたりではないかと思われます。さらに、この格子柄は「高麗屋格子」と言って、4代目松本幸四郎が幡随院長兵衛を演じた時に着て、大人気になった柄。ということは、このお嬢さん、芝居好きの高麗屋びいきの、流行もの好きな現代っ子なのでは。格子柄は江戸っ子好みの粋好みというイメージですが、上方のお嬢さんのなかにも、そんな「気っ風」のようなものがあったのかもしれませんね〜。

『桜狩の図』(上画像の左)は、右にいるのが良家のお嬢様、左にいるのがお付きの者か、もしくは母親かもしれません。そんな左の女性は、長襦袢がやはり高麗屋格子。五つ紋の色無地に、黒繻子の帯、髪は丸髷なので既婚女性です。五つ紋色無地という上品シック&格も高い着物に、格子柄の長襦袢を合わせるなんて! カッコよすぎ! 今こんなコーディネートをしようものなら、「五つ紋の色無地は格が高いので、そんなカジュアルな格子柄なんて合わせてはいけません!」なんて怒られて、おもしろくもなんともない薄ピンク色の長襦袢(ありますよね〜アレ)を押し付けられること必至…。

そして、『雪中美人』(上画像の右)は、これはきっと江戸時代の芸者かと。派手なかんざしや、地味好みの五つ紋裾模様、柳結びのような帯結び、しどけない着付けに、真っ赤な長襦袢をチラつかせつつ歩くさま、などからそう思いました。こちらも高麗屋格子の帯ですね。格子柄の帯というのは、わりと浮世絵でも見かけるので、コーディネートとしては納得です。



…と見てくると、松園、かなりの「格子好き」(特に、高麗屋格子好き)ですよね? 江戸時代において、「格子」は「縞」の一種として扱われていて、文献によっては「格子」のことを「しま」と書いているものもあるくらい。なので、「格子」という柄は、「縞」同様、かなり「江戸好み」「粋好み」に分類される模様なのです。

そんなわけで、意外や意外、上村松園は「がっつり関西」のイメージでしたが、実は結構「江戸好み」「粋好み」のところもあったのかも! 松園と格子柄について書かれた文章を見かけたことがないので、詳細はわかりませんが、松園の意外な「粋好み」を発見し、とても嬉しくなりました。






ところで、こんな素晴らしい美人画を集めている「培広庵コレクション」というのは、どのような方のコレクションなんだろう? と大変興味を覚えたのですが、図録にも何も記述がなく…。石川県・金沢市の個人の方のようですが、きっと公開されたくない事情があるのでしょう。

一方、「水野美術館」は、実業家の故・水野正幸氏が長年収集してきた日本画(美人画含む)コレクションをもとに、2002年に開館した新しい美術館。水野氏というのは何をされていた方なのだろう?と調べてみると、「ホクト株式会社」の創業者。もともと食品包装資材を扱っていたのが、ポリプロピレン製のきのこ栽培用資材を開発してトップメーカーとなり、現在ではきのこの開発・製造・販売まで行う「きのこ総合企業」になったのだそうです。…って、あーっ、「♪きのこのこのこ元気のこ、おいしいきのこはホクト♪」の、あのホクトだ…!!! 知りませんでした…。しかも私、「ホクトのエリンギ」をよく買うので、日頃から大変お世話になっていたということまで判明。今後、スーパーで「ホクトのエリンギ」を見るたびに、上村松園の愁いをたたえた美人を思い出すことになりそうです(笑)。





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