井嶋ナギの日本文化ノート

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勘三郎さんについて思ったこと

"勘三郎_コダカナナホ"


2012年12月5日、勘三郎さんが亡くなってしまいました。何だか本当のことだとは全く思えないまま、数日が過ぎています。立て続けに放送されている追悼番組を見てもどうしても実感が湧かないのですが、本当なのでしょうか。

(上記の画像、勘三郎の団七九郎兵衛は、イラストレーターコダカナナホさんの「歌舞伎スケッチ」から許可を得てお借りしました)

勘三郎さんが歌舞伎界に存在していることは、あまりにも「当然」のことでした。トマス・アクイナスにおける“神”ではないけれど、あまりに「自明」であることに対して疑いを持つはずもなく、勘三郎さんが存在しない歌舞伎なんて考えたこともありませんでした。

大きなお屋敷の柱や梁などの屋台骨は、あって当然。だけど柱や梁がしっかり構造を支えているからこそ、襖絵の美しさや、欄間の彫りの繊細さ、釘隠しの意匠などに夢中になれるというもの。勘三郎さんが歌舞伎を支え盛り上げてくれていたからこそ、私はそれをほとんど意識することなく好き勝手に、舞台装置や衣装の美しさに目を見張り、音楽と舞踊に心躍らせ、物語の展開に泣いたり笑ったりできていた。そんなことに、初めて気がつきました。


もちろん、これからも歌舞伎を見に行きたいと思っています。来年4月には、新しい歌舞伎座が開場するわけで、それはもちろん楽しみです。だけど、何だか柱が一本抜けてしまったようで悲しくて仕方がない。いや、他の歌舞伎役者さんもみなさん芸もあるし個性もあるし、素晴らしい方がたくさんいらっしゃると思います。だけどやっぱり、勘三郎さんほどの「リーダーシップ」をとれる方、つまり、歌舞伎・伝統芸能という枠を飛び越えて人々にアピールする「プロデュース力」「人間的魅力」、そしてもちろん「それを納得させる芸」のすべて兼ね備えた役者というのは、なかなかいないのではないか…と。

やっぱり、歌舞伎が「歌舞伎・伝統芸能マニア」だけのものになってしまうのは、もったいないし、とても寂しい。だけどそうなってしまわないか、心配です。なんていうか、これに尽きます。単なるシロウトの観客のくせにこんなことを言って、何様?って感じですが…。でも、芸の継承という意味なら、ほかにも凄い方や真面目な方はいらっしゃるから大丈夫だと思うのです。だけど、歌舞伎・伝統芸能をメジャーにまでアピールする力があるかどうかは、また別のことですから。どうかまたそんな新しいスターが現れますように、と願うばかりです。


それにしても。勘三郎さんの、あの絶妙な間合いと、キレのある動き味わい深い声、好きだったな~。二枚目も女形も、悪人も善人も、演技も舞踊も、何をやっても見せる人だったし、ほんの脇役で出演しても、登場するなり一瞬で見る人の心をかっさらっていっちゃうところ、「『ガラスの仮面』でいう“舞台荒らし”だよね(笑)」なんてよく友人と笑っていたものです。「京鹿子娘道成寺」の花子、「春興鏡獅子」小姓の弥生と獅子、「連獅子」の息子2人との獅子、「高杯」の次郎冠者、「身替座禅」の右京、「籠釣瓶花街酔醒」の次郎左衛門、「鰯売恋曳網」の猿源氏、「忠臣蔵」の戸無瀬、「寿曽我対面」の十郎、「法界坊」、「鼠小僧」、「四谷怪談」や「怪談乳房榎」の早変わり、「夏祭浪花鑑」の団七九郎兵衛、そうだ、歌舞伎座さよなら公演の「助六」での通人里暁の勘三郎は可笑しかったなぁ(笑)。 

自分が見に行った演目で覚えているだけでも、本当に楽しませてもらいました。覚えているのは最近のほんの一部で、覚えていないのも含めると、どれだけ楽しませてもらったかわかりません。もっともっと勘三郎さんの舞台、見に行けばよかった…と後悔ばかり。自分と直接関係のない有名人が亡くなって、後悔の念にさいなまれるなんて、初めてです。

歌舞伎は、映画やドラマなどとは違って、実際に足を運ばなければいけません。お金もかかるし、時間もかかる。だけど、やっぱり歌舞伎は、テレビや映像で見た気になっているのではなく、できるだけ劇場に見に行かなければいけないのだ、という思いを強くしています。とり急ぎでは、今月は玉三郎さんの『日本橋』! 2回行く予定です。楽しみです。玉様だっていつまで舞台に立ってくださるかわからない。日本人なら、玉様だけは絶対絶対、一度は舞台をきちんと生で見ておかないと絶対に後悔しますよ!なんていうことを、ここで断言しておきたいと思います。


そんなわけだけれども、勘三郎さん。ご冥福をお祈りします…というような決まり文句を、どうしても言う気になれません。できることなら、新・歌舞伎座のこけら落としには、張り切って化けて出てきてほしい。いやいや、中村屋一門が人気シーズンにまで高めた8月納涼歌舞伎の怪談狂言なら、きっと勘三郎さんも出てきやすいのではないかしら。彼なら“提灯抜け”でも“仏壇返し”でも喜んでやってくれるはずだもの。仁左衛門さんが追悼番組で、「彼はあの世で素晴らしい芸をもった先輩方と楽しくやってると思う、僕ももうすぐそっちに行くけどそしたら今度は僕が後輩だねぇ、兄さん、なんて呼ばなきゃならないねぇ」なんて仰っていたけれど、何なら、芝翫さんとか十七代目とか六代目とかみんなつれてきてくれたらいいのに。そしたら、それこそ「大江戸りびんぐでっど」ならぬ南北劇のようになって楽しいのに! そう思わずにいられません。

なんて、ふざけたことを書いてごめんなさい。でも、きっと勘三郎さんだったらそういう趣向を面白がってくれるはず。そう願いつつ、新・歌舞伎座の開場を楽しみにしたいと思ってます。




■ 勘三郎さん追悼番組については、コチラ

■ 「シネマ歌舞伎 全作品アンコール上映」のお知らせ。
 勘三郎さん出演作品がいっぱい。特に「連獅子」、絶対また見に行きたいです。

■ イラストレーターコダカナナホさんの「歌舞伎スケッチ」。
 ナナホさんのステキな歌舞伎イラストは、必見です!






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