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島本理生『あなたの呼吸が止まるまで』の解説を書かせて戴きました。

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一週間ほど前に発売された、島本理生さんの『あなたの呼吸が止まるまで』(新潮文庫)の巻末の解説を書かせていただきました。


あなたの呼吸が止まるまで』の主人公は、12歳の少女、朔(さく)。自由に生きる舞踏家の父と2人で暮らしている朔は、学校では目立たないよう周囲に合わせているような女の子。父の舞踏活動、学校でのできごと、女の子どうしの友情、クラスの男の子への淡い恋心、そして大人の男性との出会い・・・。そんな何気ない「普通の日常」のなかに、突然立ち現れた「非日常」とは?


この作品については、12歳の少女に起こった「突然の暴力的なできごと」、それに対して朔がおこなった「ある復讐」の、“意外性”や“衝撃度”がよく語られているようです。が、そういったできごとの衝撃度や意外さだけで語られてしまっては、この作品の味わいの90%は逃してしまうことになるでしょう。


なにが、文学や小説の優劣を決めるのか? イキナリ大きな定義から入りますが、善悪の判断が正しいかどうか、思想が優れているかどうか、起承転結の置き方が上手いかどうか、着想が新しいかどうか、オチが意外であるかどうか、情報が正確であるかどうか、現実の女(男)が描けているかどうか・・・なんていうくだらないこと(失礼)で、文学や小説の優劣は決められません。ある作品が真に優れているためには、一言で言えば、ある独特の「世界」が立ち上がってくる感じがあるかどうか。これに尽きます。

あなたの呼吸が止まるまで』を読んで、私はこの小説から立ち上がってくる独自の「世界」に、圧倒されました。普通の少女の、普通の日常を描いているにも関わらず、です。そして、この「世界」がはらんでいる「不安感」や「不安定さ」に満ち満ちた世界観に、心をうたれました。


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不安感、そして、不安定さ
。これらを心から愛でて慈しんで大切にしたいと思えるためには、誤解を恐れずに言うならば、ある程度の精神的成熟度が必要になるのではないでしょうか。なぜなら、それに耐えうる堅牢な基盤、もしくはそれに侵食されない鈍感さがなければ、敏感で危うい精神は、不安感や不安定さによってバランスを崩し、混乱を招きかねないからです。そういった意味で、少女のための小説のように見えて、意外にも、この作品は「大人のための書であり、少年少女にとっては禁断の書である」と解説に書いた次第。

だけど、実際には、バランスを崩したり混乱したりすることは、人間にとって「快楽」であるはなんですよね。ジェットコースター、ブランコ、シーソー、メリーゴーランド、ティーカップ、パイレーツ・・・等々、遊園地の遊具のほとんどは、バランスを崩し混乱することを「快楽」に変えているわけで。

さらに言うなら、人はいくつになっても、自分はもう大人になったと思っていても、「不安感」や「不安定さ」に満ちていて、いつもバランスを崩したり混乱したりしているもの。『あなたの呼吸が止まるまで』に出てくる、31歳の男性・佐倉さんも、12歳の少女・朔も、不安定な状態をギリギリで生きているという点では、結局同じなのです。




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