井嶋ナギの日本文化ノート

【日本を知るための100冊】002:山崎正和『室町記』 ~乱世を生き抜くための秘訣について。その1

誰でも一度くらい、「もし過去にタイムスリップするとしたら、日本のどの時代で暮らしたい?」という話で盛り上がったことはないでしょうか? 私は、「やっぱり江戸時代のお金持ちの町人の家に生まれて、若いうちに放蕩しまくって、四十くらいでサッサと隠居して、まぁ一生遊んで暮らしたいね~」なんて言ってましたが、まわりの人も、「平安時代のお姫さまになりたいわ~」とか、「戦国時代で織田信長と戦ってみたいでしょ!」とか、「飛鳥時代にいって厩戸皇子(=聖徳太子)にお仕えたい・・」とか、皆さん「お気に入りの時代」というのがあるようす。でも、「室町時代が好き」という人には、あまり出会わないように思うのです。

そう、「室町時代=応仁の乱」「中世=暗黒」というイメージ、強かったりしませんか? え、そこまでのハッキリしたイメージもない? そうですか・・(笑)。でも私のなかでは室町時代ってなんとなく、源平の戦いはなやかなりし鎌倉時代と、群雄割拠はなやかなりし戦国時代との間にはさまれて、何かパッとしないイメージでした。

だけど、歌舞伎を見るようになって、「ハテ?」と不思議に思うことがあったんです。歌舞伎の作劇法というのは、ある既存の「世界」を設定して、そのなかで新たな「趣向」をこらす、という方法が基本。パロディ・二次創作、と言ってしまえばそれまでなんですけど、たとえば、『エヴァンゲリオン』の「世界」のなかで、スラップスティックコメディという「趣向」で制作する、というような方法で作成されるのが普通です。

その歌舞伎の「世界」としてしばしば使われているのが、『太平記』の世界なんですね。『太平記』といえば、室町幕府を開いた足利尊氏に、足利家の執事・高師直(こうのもろのお)、楠正成新田義貞など室町時代の武士が活躍する世界。実は、江戸時代、『太平記』は寺子屋のテキストに使われたり、講談で語られたりして、非常にポピュラーで人気のあるお話だったのです。

なのに、なぜその後、近代に入ってから『太平記』があまり持ち上げられなくなっちゃったのか? と言うと。ザックリ言ってしまうと、室町時代の半分以上は、天皇家が二派(南朝北朝)に分かれて争っていた時代で、『太平記』は、その南朝と北朝に分かれた皇室とそれに乗じた武士が戦うお話、だから。しかも、『太平記』は南朝(後醍醐天皇・楠正成ら)を正統とする思想で貫かれている一方で、明治天皇以降は北朝(光明天皇・足利尊氏)の血筋だとか、さらにそれが「皇国史観」論争ともからんでたりして、、要するに「メンドクサイ&タブーみたいだから触れないどこ」ってことだったのではないかと思われます・・・。

で、この「南北朝の争い」が60年ほど続きまして(1336~1392)、ようやく南朝が北朝に譲歩して統一されたと思ったら、またもや後南朝と北朝で争いがダラダラと続き。さらに、守護大名同士の争いに、足利将軍家のお家騒動もからんで、「応仁の乱」が勃発、この争いは10年ほど続いた(1467~1477)結果、京都の町はほぼ丸焼けになってしまったのでした・・・(ちなみに、今でも京都の人が「このあいだの戦争で焼けたとき~」という場合、第二次世界大戦じゃなくて応仁の乱のことを指していると言いますけど、これ本当ですか?!)。そして、織田信長の父であり、下克上を代表する武将だった織田信秀が生まれたのが、1510年。というわけで、戦国時代っていうのは、乱世・室町時代のなかから必然的に生じたのですね。


そんな「乱世」の時代、「争い」の時代。それが室町時代。

・・・なんだか陰鬱で暗そう。そんなイメージを一新してくれたのが、この『室町記』(山崎正和・著 講談社文芸文庫)でした。




実は、「日本文化」とされているものの多くは、室町時代にその起源をもっているのだとか。たとえば。茶の湯、生け花、連歌、水墨画、能、狂言、座敷、床の間、日本庭園、しょう油、豆腐、納豆、砂糖、饅頭(まんじゅう)・・・というリストを目にするだけで、この時代の豊かさがうかがわれるというものです。

そして、何より大事なことは、室町時代に初めて「都会人」「都市文化」が生まれた、ということだと思うのです。もちろん、それまでも平城京や平安京などの都会はありましたが、それは貴族だけの閉鎖的サロンに過ぎなかった。でも、室町時代になると、京都に裕福な商人(町衆)が現れ、地方から力を蓄えた武士が入り、また僧侶や知識人、さらに農村から流れてきた百姓や、旅芸人、そしてもともと京都にいる公家(貴族)たち・・・と、さまざまな階層の人々が京都に集まり、文化を生み育て、さらにそれを都会的なものに洗練させていったのだそう。

そして、それが可能になったのは・・・「乱世」だったから。政府のいい加減な政策、無能な旧権力、それに取って代わる新勢力、あい次ぐ戦乱、さまざまな人々の流動に、さまざまな情報の交差。そんな乱れた世の中だったからこそ、生まれた文化。「無秩序」ゆえの文化の豊穣さもある、ということを本書は教えてくれるのです。

逆に、江戸時代などは、「秩序」のなかでの文化の豊穣、とも言えるかもしれません。もちろん、どちらが良い悪いではなく、「秩序」があるにせよ「無秩序」であるにせよ、与えられた状況のなかで、人が生きて動いて文化を生み育てた、ということに何か胸が熱くなるのですよ。


というわけで、室町時代に形成された「日本文化」について、もう少し書きたいと思います。何しろ、「日本的」とされている文化がどっさり生まれた時代ですから、じっくりと! というわけで、次回に続きます。


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「【日本を知るための100冊】002:山崎正和『室町記』 ~乱世を生き抜くための秘訣について。その2」




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